診療・研究グループ/調査・研究

 

 調査・研究
 ■遠隔医療・医療情報
 


担当:鎌田弘之

 

 岩手医大第二内科が関係する遠隔医療としては2つプロジェクトがある。1つは岩手県釜石市の医療法人楽山会と共同で行なっている『在宅テレケア“うらら”』の運営である。在宅テレケアは、心電図や血圧を通信によって医療機関や保健機関にあつめ、そのデータを介して利用者とのコミュニケーションをすることにより、医療効果とコミュニケーションの強化を行なうものである。現在、釜石市では約300名の地域住民にサービスを提供している。このシステムの医療効果と費用対便益効果などを研究のテーマとしている。その結果、医療結果としては血圧の安定が認められること、心臓病の早期発見に役立ったことを報告している。医療効果はスタンドアローンタイプの家庭用の医療機器にも、ある程度認められると考えられることから、このシステムのユニークな効果として利用者のつながりを使った健康講座やウォーキング会および地域スポーツクラブへの展開などの地域コミュニティ再生であることも報告している。

 

 もう一つの遠隔医療プロジェクトとしてはホルター心電図の解析をインターネット上に広がる解析者を組織化しておこなうネットデホルターがある。これは岩手医科大学発のアカディミックベンチャーであるモリーオ株式会社が運営する仕組みであり、岩手県立大学と共同でビジネスモデル特許も出願中である。現在、約800件/月の解析を全国から請け負っている。さらにこの仕組みを心臓病検診やフィットネスクラブでの簡易スクリーニングシステムに応用する研究をおこなっている。以上のように、循環器診療研究をベースにした遠隔医療の研究をおこなっているのが第二内科の遠隔医療の研究の特徴である。

 

 日本で行われている他の遠隔医療については、下記の遠隔医療の標準化を概観した内容のレポート(月刊新医療 平成17年7月号に掲載)を参照にしていただきたい。

『遠隔医療の標準化』 

 

1.はじめに

 

 遠隔医療は、1990年代半ばから急速に普及したインターネット、その後の日本の政策として高度情報インフラストラクチャー整備と規制緩和に関連し、国民生活を豊かにする具体的な方法として注目されてきた。本邦で普及している遠隔医療(放射線と病理診断の遠隔診断、在宅テレケア等)の標準化についてのべる。また、今後必要と考えられる標準化について考察する。

2.遠隔放射線診断(テレラジオロジー)

 

 テレラジオロジーは日本ではもっとも早く商業化し普及した代表的遠隔医療サービスである。テレラジオロジー領域の標準化は、日本の電子的医療情報の標準化をすすめるIHE-J (Integrating the Healthcare Enterprise-Japan)の活動の影響下で通信方法、画像およびシステムまでこの10年で急速に進んだ。通信方法は、デジタル回線あるいはブロードバンドインターネットを地域の情報インフラストラクチャーの整備状況とシステム構成に応じ使い分けされている。インターネット上でのデータのやり取りを行なう場合、Virtual private networkを用いたセキュリティ対策が一般化している。画像はDICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine)の普及が進み、現在ではテレラジオロジーが扱う画像は殆どがDICOM形式であると推定される。テレラジオロジーはコンピューターディスプレーで診断されることがほとんどであり、CTおよびMRIでは256階調と512×512解像度がディファクトスタンダード(事実上の標準)である。標準化の成果として、テレラジオロジー依頼側施設の小規模なPACS(Picture Archive and Communication System)を広域ネットで読影側のPACSと接続し、広域PACSとでもいうべき遠隔医療システムを構築し、作業効率の向上を図る先進的施設も現れてきている。

 

 総括するとテレラジオロジーの工学技術(ハード)の標準化はほぼ達成されていると考えられる。今後の課題はレポートの質の保証をするための画像撮影法、依頼医と受託医(読影医)間の臨床情報交換法とそれを順守させるための枠組み整備であろう。

3.遠隔病理診断(テレパソロジー)

 

 通信経路は未だに多くがデジタル電話回線である。顕微鏡画像については同期式・非同期式ともJPEG 平成16年度の厚生労働省テレパソロジー研究班の調査結果によると、日本でテレパソジー端末は172台納入されている1。テレパソロジーの方法として、顕微鏡などを遠隔地から通信で制御する同期式、病理診断の依頼側が画像を選択し送信しコンサルテーションを受ける非同期式があり、前者が90%以上を占める。画像が海外も含めテレパソロジーのディファクトスタンダードとなっている。同期式で問題となる顕微鏡の制御方式や観察視野の選択等について、1998年に(財)医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)が画像連携コマンドプロトコル規格(以下MEDIS-DC規格)を制定した。2000年に同規格に基づいて異機種間同期式テレパソロジーの実証実験が行われた。MEDIS-DC規格ではスライドガラス上の撮影視野位置情報やスケール情報も規定され、今後普及が期待されるWhole Slide Imaging (いわゆるVirtual Slide)に応用できる。非同期式ではHTTP(Hyper Text Transfer Protocol)でのシステムが主流となってきており、互換性は殆ど問題にならない。なお、米国遠隔医療学会(American Telemedicine Association)が画像も含めテレパソロジーのDICOM規格化の検討が開始され、その動向に注目していく必要がある。テレパソロジー領域の工学系の標準化は以上の通りであり、テレラジオロジーに比較し遅れているものの着実に進んでいる。

 

 現在課題となっているのは病理診断を依頼する際の附帯情報(依頼者、患者、検体の種類、臨床経過や依頼内容の記載方法、病名コード等)の標準化である。これについては2002年度経済産業省の非同期式テレパソロジー開発事業で標準項目が提案され、用語やコードの標準化が期待される。今後、これらの標準化が進みテレパソロジーもIHE(Integrating the Healthcare Enterprise)の一環として、病院内外の情報システムと融合していくことが予想されている。

4.在宅テレケア

 

 平成15年の厚労省遠隔医療研究班の報告では、在宅テレケアは健康モニター機器を使い血圧や心電図を医療機関などに送り,医療関係者からのアドバイスを受ける在宅健康管理支援システムとして全国に108ヶ所存在している2。これ以外にも、地域ごとに試験的に導入されたテレビ電話を使った在宅テレケア、個人を対象としたインターネット上での健康相談や禁煙支援サービス、家庭に設置したセンサーを用い安否確認や緊急通報および徘徊監視をするサービスが出現してきている。これらのサービスで扱われる情報は、個人の健康状態把握に必要不可欠な生体情報あるいは生活習慣の理解のための生活行動情報などであり、これらがネットワークの社会の発達に伴い医学的知識とも有機的に結びつき新しい遠隔医療のカテゴリーを形成し始めている。これら健康関連情報通信システムで扱われる情報については、保健医療情報システム工業会(JAHIS)が、交換規約づくりを進めている。テレビ電話システムについては国際電気通信連合がBRI(Basic Rate Interface、日本ではINSネット64)通信でのH.320(インターネットではH.323)という通信プロトコール規格を制定し、機器同士の互換性も確保されている。今後ネットワーク社会が進み、個人と医療および医療周辺を結ぶサービスの情報の活用とセキュリティの確保が社会的に大変重要となることが予想され、情報の交換規約化やサービス活動のガイドライン作りといった標準化が大きな問題になるであろう。

5.医用波形(心電図等)をつかった遠隔医療

 

 救急車内から心電図を医療機関へ伝送する救急システムなど、医用波形データを使った遠隔医療も実験的に試行されている。この他にも医用波形としては血圧、呼吸、脈波、心拍出量、脳波等がある。しかし、今まで広く医用波形を記述する適切な標準規約は海外にも存在しなかった。最近日本で開発された医用波形記述の規格MFER(Medical waveform Format Encoding Rule) が国際標準化機構(International Organization for Standardization )に提案されている3。

 

 MFERの普及により遠隔医療としての応用が期待されるのは24時間心電図(ホルター心電図)である4。これまでも、ホルター心電図データの解析は、実施医療機関の外に依頼されており、ブロードバンドインターネットでつながれた解析業を実施している例もある。今後MFERのホルター心電図の実装が普及すれば、実施医療機関は診療規模に応じて解析の選択の自由度が増し、結果として解析の外注化が進むと予想される。最近では、家庭内心電計の商品化も行なわれ、心電計は医療内だけの機器という概念の壁をこえ、新しい市場として健康診断や健康管理機器として家庭でも使用されることが予想される。いつでもどこでもだれでも電子的につながるユビキタス情報社会の中の新しい心電計の使い方も期待される。

6.考案

 

 日本の代表的な遠隔医療として、放射線と病理の遠隔診断、在宅テレケアおよび医用波形を使った遠隔医療の標準化の動向を概観した。遠隔医療は情報工学と医学などの複数の専門分野の要素があわさって成立する。これまでの工業社会の標準化のノウハウが蓄積されている情報工学的側面は進んでいると思われる。では、医学的側面の標準化は進んでいるのだろうか。確かに医学用語などの標準化は関連学会等により進められている。しかし、普遍的、客観的、論理的、分析的にものごとを把握する工学とは異なり、医学は、個別的、実践的、多面的、総合的に行われるもので、情報工学に有効だったアプローチだけで医学的側面の標準化は容易ではないことを認識する必要がある。

 

 辞書によると標準化とは『品質管理や生産の能率の向上のために、資材・製品などの規格や種類を標準にしたがって統一・制限すること』とあり、これは工業社会での標準化の意味づけである。医療のように知識に裏付けられたサービスが相対的に大きな価値をもつ、いわゆる知識産業では標準化に新しい意味づけが必要である。すなわち、現代のような知識社会では『標準化は高度の知識を持ったナレッジワーカーの人間同士のネットワーク形成の要素』という位置づけである。ナレッジワーカーの共同化から生まれる知識(暗黙知)が、標準化(形式知)となり、ナレッジワーカー同士を連結することで内面化し、再び新たな共同化となる、この知識創造のスパイラルから新しい知識がうまれるのである5。

 

 これから重要なのは、情報工学の成果により標準化されたシステムとしての遠隔医療を使いこなせるナレッジワーカーを育成することである。遠隔医療というシステムでは、コンサルテーションを求める人間と行なう人間とは制限された情報交換しかできない、この限られた情報から求める人間の状況を的確に推測し、それを医学的知識と照らし合わせ適切なコンサルテーションを行なえる技術をもつ人間が必要である。このような人材が多くなれば、電子的ネットワークの発達にともなって、驚異的なスピードで新しい知識が生まれ、遠隔医療は社会を変革する力になるであろう。


文献
  1.東福寺幾夫ら:テレパソロジー技術標準化の現状と課題。第八回遠隔医療研究論文集  8:70-71,2004
  2.村瀬澄夫ら:平成15年度報告書。厚生労働省遠隔医療調査研究班平成15年度報告書。 2-5,2005
  3.田村光治ら:医用波形記述規則MFER。Japanese Journal of Electrocardiology 25:151-162,2005
  4.鎌田弘之ら:IT時代の医用波形標準化の役割。医療情報学24回連合大会論文集  119-123,2004
  5.野中郁次郎、紺野登著:知識創造の方法論。2003、東洋経済新報社

 
ページTOPに戻る
   

Close